生きるという事の意味

がん宣告を受け止める

職場の部下から「膀胱がんが見つかりました」、
そんな突然の電話を受けたのは夏の暑い昼下がりのこと。

一月前に受信した人間ドックで、彼が「要精密検査」の診断を受けていたのは部長の報告によってすでに知ってはいた。58歳、妻と二人の子どもの4人家族。確か子どもたちは成人しているもののまだどちらも大学生のはずだった。受けたショックは大きかったであろうに、彼は意外にも電話の中では冷静だった。

「社長。今は二人に一人ががんになる時代です。やむをません。」

確かにそれは彼の言うとおりであったが、どこか彼の言葉は他人事のような気がした。一週間以内に仮入院し手術前の様々な検査が始まる。その検査の結果を待って直ちに入院し、がんの摘出手術が行われる。そうしたスケジュールを淡々と告げる気丈な彼の心境を測りかねた。

「元気を出して下さい。今は医学の進歩が著しい。きっと完治しますよ。」

うろたえたように答えるしかない自分の方が、がん宣告にたじろいでいたのだ。今では職場内でも数少ない喫煙者である彼が、休憩時間になると所定の場所に出かけてのんびり煙をくゆらす姿がなぜか脳裏をかすめた。